保育園のこと

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「どうして保育園に行っていなかったのですか?」

初めての家庭訪問でいきなり担任の先生に質問されたので「どうして」かもう一度考えてみようと思います。もう10年以上前のことですが・・・

 

のどかは生後1か月で滋賀県高島市の比良山脈の麓にある集落に引っ越しました。

のどかが生まれる前、結婚してすぐの頃、夫ゆうじさんがスキルス性の胃がんで手術をしたことがきっかけとなり、それまで勤めていた会社を辞めて、自分たちのペースで一緒にできる仕事をしようと花屋を目指してそれぞれ別々の京都のお花屋さんに勤めました。

京都で花屋を開業・・・と初めは思っていたのですが夫の実家を改装して・・・という計画は理解を得られず、元々いずれは田舎で暮らしたいという希望もあったので、「それなら田舎で畑をしながら自分たちのできる仕事をして何とか暮らしていこう。」と考えて借りられるところを探しました。

のどかが生まれるとわかってからその場所が見つかり、見に行きました。

 

生後1か月から5歳半までそこで過ごしました。

集落の一番上にある大きな農家で母屋と同じ大きさの納屋と蔵のある古民家でした。

すぐ横に三畝ぐらいの畑がありました。

母屋の一部屋をギャラリーショップとして改装し、陶芸家さんの器やアクセサリー、自然食品、オーガニックグッズ、花苗や花器・植木鉢などを販売していました。

納屋は洋風のアトリエに改装し花のレッスンをしていました。

その頃のことで別のブログが書けそうなぐらいいろんなことがありました。のどかが1歳になるまでは古民家の改装で大変でした。ベビーカーに載せて納屋の荒壁に珪藻土を塗ったり、何しろ家の中はもちろん外にもたくさん放置物がありその片付けが大変でした。

1歳になってすぐmidori-ya開業。それからはお店とレッスンと畑と川釣り・・・

現在も同じことをしていますが自然のサイクルに合わせながら少しは収入を得なければと開業前より更に慌ただしい日々が始まりました。

「田舎暮らしはスローライフ」なんてことは一度もありませんでした。

 

そんな中で育ってきたのどか。

家の周りは田んぼがいっぱい。土手には草がいっぱい生えている。当時はおばあさんやおじいさんたちが頑張って毎日草刈り機で草を刈っておられたので刈ってもまた生えてくる草花を楽しみました。ドクダミやアザミの花を摘んだり珍しいネジバナも少しですが見かけました。家の石垣には毎年春にショウジョウバカマが梅雨の今頃は少なくなったとは言えササユリが咲いていました。

のどかはいつもレッスンの生徒さんやお店のお客さんに可愛がってもらい、お客さんと一緒にクローバーのブレスレットを作ったりしていました。

 

お向かいのお家のおばあちゃんが大好きでいつもすぐに家から脱走しておばあちゃんの家に上がり込んでいました。集落で一番賢いおばあさんと言われていて、のどかの絶え間ない「なんで?」の質問に一度も面倒くさがることなく正しい知識を教えてくれるおばあちゃんでした。おばあちゃんのこともまた書こうと思います。

 

近所の子どもたちが保育園に行くという時期になって私も正直悩みました。

お店は2年目にテレビ「人生の楽園」に出たことからいろんな雑誌などに取り上げていただき山の上の花屋にしては忙しくなってきていました。

花屋だけではなく畑などもしているので尚更忙しく、ただでさえてきぱきこなせない私は座る暇もなくばたばた毎日を過ごしていました。

「保育園に預けたらもっと時間はできるのだろうけど」

「保育園に行った方がのどかももっと他のお友達と遊べるしいいのかも」

「保育園に行くと小学校予備軍みたいにならないだろうか」

いろいろ考えました。

子育てのいろんな本も読みました。

「森のようちえん」とかすぐそこに森があってできそうなのに仲間がいないなと思ったり。

そんな時、お客さんとお話していて

「のどかくんはとてもユニークでいいですね。このままのびのびと育っていってくれると楽しみですね。」と言ってくださる方がいて

「そろそろ近所の子どもたちは保育園に行く年齢なんですが保育園で長時間過ごすのものどかにとってどうなのかなと考えていて。」と言うと

「ここ自体が森のようちえんそのものだし、ここで過ごしていればいいような気がしますけど。」と言われました。なるほど、そうかと思いました。

 

「ぼくの子どもたちも中学生の頃、体調を崩したりしたこともあって不登校になったけど大学に行きたいと言って予備校に通って大検をとって現在は大学に行ってるし、のどかくんだったら何とでもなると思うよ。」と心強い言葉をいただきました。

 

どうやっても大人になるんだしせっかく現在ののどかにしか感じられないことやできないことがいっぱいあるんだからその世界をとりあげてみんなと一緒の箱の中に入れてしまわなくていいんだなと思いました。

私は仕事で幼稚園や保育園に出入りしていたことがあり、幼稚園や保育園の先生方が一生懸命子どもたちのことを考えて接しておられるのは知っていました。

都会の幼稚園や保育園では普段自然を感じたり生き物と触れ合ったりという機会があまりないのでそういった体験を大切にされているんだなという園もたくさんありました。

のどかの場合は日常的に自然や生き物と触れ合っていて保育園に行く方がそういったものと触れ合う機会が減るのではと思ったのです。

 

人との触れ合いのことも考えました。

保育園に行くと同じぐらいの年の子どもたちと遊べる。ただし先生を含めてもいつも同じメンバー。

幸い毎月レッスンに来てくださる生徒さんたち(のどかのお姉さんのような方からおばあちゃんのような方まで)やお店に来られるお客さんたち(お一人で来られる方や家族連れの方。年齢も様々。)に可愛がっていただきたくさんの方と触れ合うことができていました。

のどかにとって日常が保育園の日常よりmidori-yaの日常の方が他では味わえないもので良いのかもしれないと思い毎年のどかにも希望を聞きながら保育園には行かないことを選択していました。

 

・・・というわけで保育園に行っていなかったのです。